悪役令嬢と十三霊の神々

舞い降りた天使 ~たとえ、明日が見えなくても~



▲ スマホ向け ▲


 公園の水飲み場でり傷を洗って、ハンカチで薬草を巻いた。
 体中、青あざだらけだけど、夕飯のおかずを採って帰らなきゃ――

「……っ」

 涙がぱたぱた、手の上に落ちた。
 学校では、泣かなかったのに。
 傷が痛くて涙が零れるわけじゃないんだ。
 殴られるのなんて、たいしたことじゃない。
 だけど、僕は何か間違えてるのかな。
 スニールを庇ったことにも、僕が生きてることにも、意味なんてないのかな。

 誰にも助けてもらえずに、気を失うまで殴られた、今日みたいな日には――
 公園の片隅にうずくまって、眠ってしまいたくなるけど。
 もう、目を覚まさなくて、いいんだけど。

 でも、野草を摘んで帰って、僕と母さんの夕飯、つくらなくちゃね。
 川で魚が獲れるといいんだけど。
 家には笑顔で帰らないと、母さんが心配する。
 
 ――明日が、見えなくて。

「どうしたの?」

 いつからいたのか、鈴をふるような女の子の声が聞こえて、僕はどきっとして、涙を手のこうぬぐった。

「けが、いたい?」

 六つか七つくらいの女の子が僕をのぞき込んでいて、その子があんまり綺麗で、僕は、息をのんだんだ。
 生きてるつもりだったけど、殴られすぎて、死んじゃったんだっけ。
 だって、月の光が零れたような銀の髪も、澄んだ蒼の瞳も、絵本の天使みたいなんだ。

 女の子が透きとおる声で祝詞を紡ぐと、優しい空色の光が僕を包んで、体中にあった青あざが消えていった。

「なおった?」

 女の子があどけなく、花がほころぶように笑った。

 わぁ。

 すごく、可愛い。
 胸がとくんと跳ねた。
 こんなに可愛い子を見たのは、初めて。
 なんて、綺麗なんだろう。

「うん、すごいね。もう、痛くない」
「ねぇ、なにしてるの? デゼルとあそんで」
「えっと……」

 野草を採って、魚を獲って、夕飯の支度したくをするんだよって教えてみたら、女の子が嬉しそうに笑った。

「デゼルにもとれるかなっ」
「これ、同じのわかる?」

 魚は無理だと思うけど、野草なら採れるかな?

「これっ?」

 女の子が似たのをんで、僕にそう聞いた。
 そんな仕種しぐさのひとつひとつまで、すごく、可愛い。

「うん、それ」

 僕が笑いかけてあげると、すごいものを見た顔で、女の子が僕をじっと見た。

「えと、なに?」
「おなまえは?」

 あ、そうか。

「サイファ」
「さいふぁ、きれいなおなまえ! デゼル、さいふぁがすき」
「えっ……」

 わ、わ、胸がとくとく、とくとく、忙しく打って、すごく不思議な高揚感。

「あの、ありがとう。僕も――」

 わ。

“ デゼルが好きだよ ”

 どうしてなのか、そんな、かんたんな言葉が言えなくて。
 デゼルはあっさり、言ってくれたのに。

「さいふぁも?」
「あ、その……デゼルのこと、僕も――」

 どうして、言えないんだろう。

 ――なんで!?

「これ?」

 僕がもたもたしていたら、デゼルが僕が集めていた野草をもう一つ見つけて、得意げにそう聞いてきた。
 ふふ、ドヤ顔も可愛いなぁ。

「うん、それ」
「デゼル、さいふぁがすき」

 わぁ。

 えっと、どうしよう。
 どう、答えたらいいんだろう。

 ううん、答えはわかってるんだ。
 僕もデゼルが好きだよって、答えたらいいのに。
 すごく可愛くて、嬉しくて、好きに決まってるのに、好きって言えない。
 なんだろう、こんなことはじめて。

 遊んでって言われたのに、夕飯のための野草集めにつき合わせていていいのかな。
 でも、日が暮れる前に集めないと今夜の僕と母さんの夕飯がないから、集めないといけなくて。

「これ?」
「えっと、それは似てるけど違うんだよ。毒があって食べられないんだ」
「どく……」

 さっき、摘んだ野草としきりに見比べて、ほっぺを軽くふくらませたデゼルが言った。

「デゼル、さいふぁがきらい」

 えっ、理不尽。
 おかしくて、笑っちゃった。

「えぇー、デゼル、僕のこときらいになったの?」
「うん、なったの。デゼル、さいふぁがきらい。さいふぁかなしい? さいふぁなく?」

 なに、この子可愛い。おかしい。

「やだな、僕、デゼルに嫌われたら悲しいよ? 泣くよ?」

 わぁいと、デゼルがごきげんに笑った。

「じゃあ、すき」
「よかった」

 こんなに楽しいのって、初めて。
 道が悪いところはだっこしてあげたりして、デゼルの手を引いて夕飯の食材を集めるうちに、あっという間に夕方になってしまって。

「楽しかったね」
「うん! またあそぼうね、デゼルかえるね」
「送るよ、デゼルのおうちはどこ?」
「ええとね、やみのかみさまのしんでん」

 僕は軽く目を見張った。
 この子、やっぱり、天使だったんだ。
 すごく身なりがいいし、最初に、僕の怪我けがを治してくれた時から、闇神殿の巫女みこ様かなとは思ってたから、驚きはしなかったけど。

「ねぇ、デゼル。僕のこと、好き?」
「うん、すき」

 すごく、幸せな気持ち。
 うれしいな。

 僕、どうしてデゼルに好きって言えないのかわかったんだ。
 僕のこの気持ちは『好き』じゃない。

 だって、僕はみんな好きなんだ。
 母さんも、クラスのみんなも、僕を殴ったジャイロだってスニールだって、それでも好きなんだ。

 その『好き』と、デゼルを『好き』な気持ちは同じじゃない。
 デゼルを特別に好きだと思う、この気持ちの名前を、僕は知らなくて。

 それにね。
 僕、家族じゃない人から好きって言ってもらうのは初めてで、なんだか、すごく嬉しかった。
 デゼルが僕にあっさり好きって言えるのは、きっと、僕がみんなを『好き』なのと同じ『好き』だから。
 特別な『好き』じゃないからなんだ。

 それでも、すごく嬉しかった。

「さいふぁ、またあそんでね!」

 神殿まで送ると、心配していた様子の大人の人が、デゼルを抱き上げて奥に連れて行った。
 お互いの姿が見えなくなるまで、デゼルが可愛い笑顔で手をふってくれた。

 僕もふり返したら、デゼルがすごく嬉しそうに笑ってくれたことが、なによりも、嬉しかったんだ。



 この気持ちを『初恋』って呼ぶんだと僕が知るのは、ずっと、後のこと。
 この時はただ、父さんがいなくなった後、灰色に感じていた世界が優しいいろどりを取り戻して、甘くて幸せな気持ちが胸に満ちて、心地好かった。



 たとえ、明日が見えなくても。
 生きていこうと思った。
 だって、生きていれば、もう一度、君に会えるかもしれないから――
≪初版 2021.01.30≫ ≪更新 2022.08.20≫

PROPOSAL ~きっと、大人にはなれないけれど~


しき様 からの贈り物
感想をきちんと書く為に「シナリオが始まる前に滅んだ国の物語」から、再度こちらを読みに戻って来たのですが、温度差がすごい!!!
風邪を引いてしまいそうです。

サイファ様から涙が溢れる場合、胸にくるものがあります。学校でもイジメられて、家に帰っても気丈に振る舞わなければならず、日々の生活や借金の心配も常に付き纏う恐怖は尋常ではないです。心の病まっしぐらです。本当によく耐えていらっしゃったと思います…
そしてこのタイミングでサイファ様に話し掛けたデゼルさんグッジョブです!!

後半はふわっとしてほわっとしてくすぐったくなる様な優しい空気で、その世界の空気になってずっとお二人を見ていたい気持ちに駆られます…!
ちゃんとデゼルさんをお家まで送ってあげるのもサイファ様のスパダリの鱗片が見え隠れしてますね!
素敵です!
さいふぁ様の境遇への思いやり、しき様の優しさを、とても嬉しく思います。
ドラマティックなガゼるんの苦境は物語ファンタジーでしかないけれど、さいふぁ様の苦境はずっと身近で、さいふぁ様のような思いをする子供達は古今東西、昔からたくさんいたはず、今この時にもたくさんいるはず。
だからこそ、そういう子供達の思いを少しでも、身近には知らない人達に届けたい。
分断と断絶の世界に架け橋を。
おそらく、しき様はもとより知っていた人だと思うのですが、さいふぁ様のような境遇の子供に、本当によく耐えてきたねって、声をかけて下さる人がいる。
そのことが、嬉しくてなりません。
たとえ、しき様と同じ想いの人がたくさんいても、心の中でそう思っているだけでは、懸命に耐えている子供達には何も届かないから。
声にして初めて、優しいその想いが届く。
声にして初めて、誰かが救われるかもしれない橋がかかる。

声をあげて欲しいのです。
この物語を読んでいるかもしれない、さいふぁ様に似た境遇の子供達のために。
声をあげて欲しいのです。
現実に、さいふぁ様に似た境遇の子供を見つけた時に、なんて声をかけてあげたらいいのか、何をしてあげたらいいのか、優しい選択肢がひとつ増えるように。
私が綴る物語もひとつの選択肢を示すけれど、たくさんの選択肢が、それぞれ違う優しさをもった 読者様 から示されたら素敵 ですよね♡(*´∇`*)

この物語が真に完結するのはその時 だと、私は思っています。

◆ 追伸 ◆
後半のさいふぁ様へのお褒めの言葉も、ありがとうございます✨(∩´∀`)∩
「えぇ!? だって、こんなに可愛い、ちっちゃな女の子を一人で帰らせるなんて危ないよ」って、あたりまえのことをしただけのつもりのさいふぁ様、びっくりしていましたが。
あたりまえのことができる男の子って、スパダリですよね✨(真顔)
remo様 からの贈り物
先日読み終えたお話(本編:悪役令嬢と十三霊の神々)の1章を思い出しながら読んでいて、過去に戻った感覚でした。
子供サイファもデゼルもやっぱり可愛い……!
とほんわか癒されてしまいました。
その一方でサイファの家庭事情が辛くて。「明日はないかも」なんて思いながら生きている子供時代…、それでも立派に育って…と、ますますサイファが好きになりました。
すごーい、じょうずー✨(∩´∀`)∩
絵本の見開きの挿絵にできそうな!!
ちっちゃな二人がとっても可愛らしいです♡(*´▽`*)

さいふぁ様のつらいおうちの事情は、
古今東西、さいふぁ様みたいな思いをして生きてきた子供たちはたくさんいて、
今の平和はみんなが思っているほど盤石なものじゃないんだよ、大切にしようねという危機感をもって書きました。
父親が子育てに参加しないことで、母親と子供がどれほど危機的状況に置かれておかしくないか。

それと同時に、それでも、同じ年頃の子供たちがしなくていい苦労や経験を山ほどすることで、『生き残れた子供』には、たいへんな『ぼくだけレベルアップ』がかかるよっていうのも、また、書きたかったこと。

さいふぁ様がデゼるんと出会えたのは偶然じゃなくて。
休学して働いていた、その職場がデゼるんの神殿が管理する公園だったからで、
神殿は神殿だからこそ、「いっしょうけんめいはたらきます。はたらかせてください」と頭を下げて回っていた、さいふぁ様みたいな境遇の子供に優先的に仕事を回してくれていました。

世界にただ一人の邪神キラーはこうして爆誕し、神に捧げられた生贄の少女と出会ったのでした。

素敵なファンアートとご感想、remo様、ありがとうございました✨(∩´∀`)∩
羽海様 からの贈り物
この後のサイファはデゼルと巡り合い、お互いを想い合うことができると分かっていても、やはり幼いサイファの絶望する様子を見ているのは辛かったです…
自分は誰にも好かれていないと思ってしまうのは、一番苦しいことなのだろうと感じました。
唯一お母さんはいましたけれど、サイファにとってお母さんは自分を好きでいてくれる人というよりは、自分が守らなければならない人だったのかなと思いますし。

そこに現れて自分を好きだと言ってくれた綺麗な女の子に、サイファが恋をするのは必然だと思います。
私がサイファの境遇にあっても、もしくはサイファよりは幸せな生活をしていたとしても、きっとデゼルのことを好きになっていたでしょう。

デゼルへの好きと他の人への好きが違うことから、デゼルには好きと言えないサイファが可愛かったです!
この歳で“好き”の違いが分かるのはすごいです、よほどデゼルへの気持ちは初めてで特別だったのでしょうね。
というか、散々殴られて惨めな思いをさせられても、ジャイロにお母さんに向けるのと同じような“好き”という気持ちを持つことのできるサイファは、やっぱりちょっと怖いです…
それと、サイファには、こうりがし、という言葉の意味を知ってもらいたいですね…
素敵なご感想をありがとうございます✨(*´▽`*)

どうして誰も僕を愛してくれないんだろう、それって、とても悲しい気持ちだと感じて頂けて嬉しいです。
とりわけ、さいふぁ様はみんな好きな子だから、どうして好意が返ってこないのか、幼い心にたくさんの傷を負って、疲れ切って、もう眠りたくなってしまっているファースト・シーン。
ただ一人、傍にいてくれたお母さんは、まさに、さいふぁ様にとっては守ってあげなければならない人で。傍にいてくれたら安心できたのは、帰ってこなくなってしまったお父さんの方でした…。

そんな、さいふぁ様のもとに舞い降りた天使、デゼるんに心奪われたさいふぁ様の気持ち、共感して頂けて嬉しいです✨(*´▽`*)

ふふふ、デゼるんへの『好き』は。
胸がとくとく、とくとく、ときめいて止まらないという、さいふぁ様にとっての初体験。
九歳だって、この『好き』がどんな『好き』なのかはわからなくても、違いはわかります♪(*´∇`*)b
待てよ、どうかしたら。
天然なさいふぁ様のことだから、結婚する頃にも、違いしかわかっていなかったりして…!?( ゚Д゚)

さいふぁ様がジャイロやスニールのことも好きなのは、猫に引っかかれてなお、猫を嫌わない猫好きな人と同じ感じです。
猫に引っかかれても、裏切られても、猫好きな人は猫が好き。
なぜ猫が好きなのか、だって猫が好きだから。
さいふぁ様は人に対しても、猫にする以上の期待をしないのかもしれません。
人だけ特別あつかいしないというか。
物語には書く機会がありませんでしたが、さいふぁ様は猫も鳥も動物全般、大好きです♪(∩´∀`)∩

こうりがし…
そうですね、さいふぁ様の辞書の『こうりがし』の項目には、『子供にでもお金を貸してくれる人』としか…
ただ、知っていても借りたかもしれません。
お父さんが帰ってこなくなって、食べ物も、病気のお母さんのお薬もなくて、どなたか食べ物をわけてください、お母さんのお薬を買うお金を貸してくださいって、たくさんの人に頭を下げて回って、ようやく見つけた『こうりがし』。
他の誰も、さいふぁ様にお金を貸してはくれなかったのです。
知らない人にそうやって頭を下げて回るの、なかなかできないことなのに、できても断られ続けた幼いさいふぁ様。
ジャイロに殴られるより、たくさんの知らない人にお金をください、仕事をくださいって頭を下げて回らないといけなかったことが、遥かにつらかったみたいです。

作者でなく、物語に登場する架空の神様でなく、本物の神様に喜んでもらえるご感想にチャレンジしたい方、大歓迎です✨
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 どんなご感想が本物の神様を喜ばせるかって、率直で誠実なものだと思います。
 昨今、ご感想がランキングや集客に多大な影響を与える投稿サイトが増えたためでしょう。
 作者を応援しようとか、逆に貶めようとかいう別の目的のための、感想ではない感想があふれかえっていて、びっくりしました。
 古き良き時代には当たり前だった、本物のご感想をお待ちしています!(`・∀・)b
※ きちんと読み込んだ、本物の読者様からのご感想であれば、酷評だって大歓迎です♪
 読みが甘ければ、返す刀で斬り返しますけれども!(*´∇`*) カカッテコーイ アナタノ パッションノママニ!
★ 贈り物
キャンペーンとは関わりのないご感想を紹介させて頂く枠です。

【物語】冴條玲 【挿絵】カゴ様