悪役令嬢と十三霊の神々

PROPOSAL ~きっと、大人にはなれないけれど~


≪初版 2021.01.31≫
 父さんが帰って来なくなってから、二年が過ぎた。
 つらいこと、苦しいこと、悲しいこと、たくさんあった。
 だけど、嬉しいこと、楽しいことも、たくさんあった。
 胸が躍るような素敵なことは、すべて、僕を追いかけてくれるデゼルと過ごした、優しい時の中に。

 学校では孤立したまま、身に覚えのないことで先生に叱られることが増えていた。
 だけど、ゆっくり叱られている時間はないから。
 学校が終わったらすぐに帰って仕事を探して、暗くなる前に夕飯の食材を探して、夕飯の支度をして、お風呂をわかして、宿題もしなくちゃいけないんだ。
 だから、最初はそんなことしていませんって言ってみたりもしたけど、信じてはもらえなかったし、今ではもう、先生が僕を叱ろうとしたら、手短に聞いて、謝って、長くなりそうなら、先生をふりきって帰るようになった。

 そうしたら、先生が母さんに手紙を書いて寄越すようになって。
 こんなの読んだら、母さんが心配する。
 だから、帰りの遅い母さんより先に僕がその手紙を見つけて、隠してた。
 だって、母さんにだって、面談のために学校に行くような時間も余裕もないんだ。
 母さん、病気になっても仕事を休めないくらいなのに。
 これ以上、母さんにつらくなって欲しくなかった。

 だけど――

 僕が八歳の時に、母さんが病気で死にそうだった時に、どうしても、足りなくて借りた金貨三十枚の借金が、もうすぐ三百枚になってしまうって、母さん、泣いてた。
 どうしたらいいのって、帰ってこない父さんの名前を呼びながら、肩を震わせて泣いてた。
 こうりがしには、借りたらいけなかったみたいなんだ。

 ごめんね、母さん。
 守ってあげられなくて。
 せいいっぱい、頑張ったんだけど。

 この前、母さんの荒れてしまった白い手が、僕の首にかかって、母さんは泣いてて、母さん、僕のこと殺そうとしてる? って、思った。

 ごめんね、母さん。
 どうしてあげたらいいのか、わからなくて。
 助けてあげられなくて。

 そうささやいた、僕のこめかみからも涙が伝い落ちたら、僕の首を絞めようとしてた母さんの腕が、力を失った。
 母さんは寝室に駆け込んで、泣き崩れてた。
 僕にはどうしてあげることも、できなくて。
 せめてと思って、デゼルと採ってきた木の実や野草を入れたスープをつくって、質素な寝台の脇の机に、置いておいたけど。
 
 ――時間の問題なんだって、わかった。
 七月の十一歳の誕生日を迎えることは、僕にはきっと、できないんだ。

 僕にはもう、わずかな時間しか、残されていないんだって、わかった。


  **――*――**


 闇神殿の近くで薬草や夕飯の食材を探していると、たまに、デゼルに会えた。
 僕を見つけると、デゼルはいつも、花が綻ぶような、満面の愛らしい笑顔で、嬉しそうに駆け寄ってきてくれたから。
 デゼルがそんなだから、どんなにつらくても、デゼルに初めて会ったあの日から、僕は叶うなら、生きていたかった。
 だって、生きていたら会えるんだ。
 デゼルだけは、僕に笑いかけてくれるんだ。

「サイファ、あそぼ!」

 デゼルはずっと、僕を大好きでいてくれて、抱き上げれば楽しそうに笑った。
 遊ぶと言ったって、いつも、最初の日と同じ。
 夕飯の食材を集めるのにつきあわせているだけなんだけど。
 最近は、デゼルもだいぶ、食べられる野草や薬草がわかるようになってきたみたいで、「あったぁ!」って、得意そうな顔で僕に駆け寄ってくるのが、とっても可愛い。
 公園の近くの小川で魚を一緒に獲ったのも、すごく、楽しかった。
 デゼル、川の浅瀬で座り込んだりしていたから、衣装が水浸しになって、神殿の人達がびっくりしてた。
 デゼルがハチに刺されて、白い手が痛々しく腫れ上がったこともあった。
 デゼル、痛いのと怖いのと驚いたのでぎゃんぎゃん泣いて、泣きながら自分でヒールして。
 僕がだっこして背中を叩いてあげるうちに、落ち着いてきたみたいだった。
 デゼルにはすごく痛い記憶になったと思うけど、僕には、すごく甘い記憶になった。
 泣きじゃくってたデゼルが僕の腕の中で落ち着いていくのが、すごく不思議で、すごく嬉しかったんだ。
 ああ、デゼルには僕がいるんだって。
 僕が抱いててあげれば、デゼルは何があっても、最後には笑ってくれるんだって。

 僕が笑いかけてあげると、いつも、デゼルが目をまんまるにして、すごいものを見てる顔で、瞬きすら忘れて見詰めてくれたから。
 そんなデゼルを見てると、僕が生きてここにいることに、なんだかすごい意味が、奇跡みたいな意味がある気がして、世界がとても確かなものに感じられたんだ。

 デゼルと過ごす優しい時を、もっと、いつまでも重ねていたいのに、いつも、驚くほどあっという間に日が落ちてしまう。

「デゼル、おとなになったら、あなたをお迎えに上がってもかまいませんか?」

 あの日、僕はどうしても、デゼルに想いを伝えてみたかった。

 僕に時間があったなら。
 僕もおとなになることができたなら。
 デゼルと一緒になれた?

 デゼルはすごく身分の高い闇巫女様で、闇に零れる月の光を束ねたような銀の髪も、世にも稀な美貌も、僕とは住む世界が違う人のものだって、子供心にもわかっていたけど。
 母さんが、デゼル様と一緒になるのは無理なのよって言うのがどうしてか、まるで、わからなかったわけじゃないけど。

 デゼルを誰よりも愛しく感じる僕の想いが、僕だけのものだなんて、僕には思えなかったんだ。
 同じ想いがデゼルの中にないなんてこと、あるのかな。
 ねぇ。
 僕の想いを伝えるだけなら、いいよね?
 デゼルが僕の手を取らない時には、困らせたりしないから。

 僕の言葉を聞いたデゼルは、満面の笑顔になって、そうかと思えば、可愛らしく地団太を踏んだ。

「サイファ、おとなになるまでなんて待てません! あしたも、あさっても、迎えにきて下さるでしょう?」

 ああ、あたりまえだけど、わかってもらえなかった。
 僕は嬉しくって、おかしくって、くすぐったさに、笑顔がこぼれて仕方なかった。

「よろこんで」

 わぁいって、嬉しそうに跳ねるデゼルが愛しくて、ぎゅっと抱き締めた。
 デゼルに会えてよかった。

「……サイファ?」

 明日はないかもしれない。
 帰ったら、今度こそ、母さんに絞め殺されるのかもしれない。
 会えるのは、これが最後かもしれないデゼルを離したくなかった。
 僕はデゼルを抱いたまま、涙を落としてしまっていたから、デゼルが僕の顔をのぞき込めないように強く抱き締めて、もう少しって、囁いた。

 どうか、もう少し――
 この場所が闇の神オプスキュリテ様の庭で、神様が見ていて下さるというのが本当なら。
 僕にせめて、明日と明後日、ここでデゼルを待つ約束を、守らせて下さいますように――
≪更新 2022.10.11≫

落ちていた天使 ~これ、拾ってもいい?~


羽海様 からの贈り物
やっぱり、サイファが自分にとっての普通だと思っているであろう、サイファの生い立ちは、過酷で胸が苦しくなりました。お母さんから殺されそうになるなんて、経験している子供がいることが驚きなくらいに、私の日常からは程遠いことなので…
それでも、サイファが、お母さんがサイファを好きではないからではなく、仕方がないから殺そうとしたのだと理解できているところがすごいなと思いました。六歳の子供なのに洞察力がすごいです。ませているのか、お母さんのことを大切に思っているからこそよく見ていたのか…?

お母さんには何もできないと思っているサイファですが、デゼルには、落ち着かせたり安心させたりと役に立てるから、デゼルを生きる意味にすることができたのかなと考えました。後のサイファのドS感は、デゼルの気持ちを一番動かせるのは僕だ、というこの時の気持ちから来ているのかも…?

サイファがデゼルに想いを告白するシーンには、サイファの切迫した気持ちが滲んでいて、デゼル視点から読んだときのふわふわした幸せなだけの感情とは全く別物の意味があったと分かって感慨がありました。サイファの世界の中に、デゼルは本当に大きな位置を占めていたのですね…
素敵なご感想をありがとうございます✨(*´∇`*)

えっと、第二話のサイファは十歳です。
第一話のデゼルが六歳でした。

私の親類縁者には、お母さんから殺されそうになった子供が、一人と言わず実在しています。
平和な環境に育った方だと、そんなことが現実にあるなんて、それも現代日本でと、びっくりするかもしれませんが。
絵空事でも、遠い世界の出来事でもなく。

実例を知っていると、昨今のラノベの荒唐無稽さは嘆かわしく…。
私は 真に価値があるのは、実際に登場人物のような逆境に置かれた時に、選択肢が一つ増えるような物語 だと思っています。
その選択肢が、周りの幸いに寄与するものであればあるほど価値が高いと。
残念ながら、価値がある物語と人気を取れる物語は別物 なのですが。

サイファがお母さんの気持ちを理解できたのは、羽海様が考えて下さった後者の観察力のおかげです。
サイファは澄んだ翠の瞳で、真っすぐに、人をよく見る子供です。
おつむはモブ仕様のささやかさなので、難しいことはわかりませんが、だからこそ、目の前にいるのがどんな人か、よく見て、ありのままに受け止めてしまいます。
その人がその人であることに、どんな意味があるのかなんて、わからないけれど。
デゼルと手をつないで眺める世界はキラキラ、別世界のように輝いて見えたのでした。

サイファのドS感…。
読者の皆様には口をそろえてドSと言われてしまうサイファだけど、
本人、デゼルにはもちろん、誰にでも優しいつもりです✨(=∀=)b

まったく同じシーンが、デゼル視点とサイファ視点でまったく違う、ここまで違う。
サイファは運よくデゼルと出会ったわけではなく、出会うべくして出会った子供。
死ぬほど困窮しても犯罪に走らず、働かせて下さいと頭を下げて回る子供に、
仕事を回してくれる可能性が最も高いのはどこかって、公国においては神殿で。
わずかなお駄賃のために神殿で一生懸命に働くような、
優しさと誠実さと謙虚さを兼ね備えた子供が聖女様に懐かれたのもまた、
古来よりルイトモと呼ばれし必然で。

そういう、デゼル編だけでは見えづらい真相に、ひとつでもふたつでも、気がついて頂けると嬉しいサイファ編。
さっそく、ひとつ拾って頂いて、ありがとうございます✨(*´∇`*)

引き続き、すぐ隣にいたサイファの目には別世界だった摩訶不思議な物語を、
どうぞ、お楽しみに♪(∩´∀`)∩

作者でなく、物語に登場する架空の神様でなく、本物の神様に喜んでもらえるご感想にチャレンジしたい方、大歓迎です✨
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 どんなご感想が本物の神様を喜ばせるかって、率直で誠実なものだと思います。
 昨今、ご感想がランキングや集客に多大な影響を与える投稿サイトが増えたためでしょう。
 作者を応援しようとか、逆に貶めようとかいう別の目的のための、感想ではない感想があふれかえっていて、びっくりしました。
 古き良き時代には当たり前だった、本物のご感想をお待ちしています!(`・∀・)b
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 読みが甘ければ、返す刀で斬り返しますけれども!(*´∇`*) カカッテコーイ アナタノ パッションノママニ!
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【物語】冴條玲 【挿絵】カゴ様